「ペンは剣よりも強し」ということわざがある。
この文章は1839年にイギリスの作家エドワード・ブルワー・リットンが歴史劇「リシュリューあるいは謀略」で作り出されたとされる。
『The pen is mightier than the sword』
意味は、「報道機関、メディアなどの思考や言論は直接的(暴力)に伝えることよりも影響力がある」ということを表したことわざ、格言だ。
報道機関、メディア関連に勤務したことがある人ならば馴染みのある言葉だろう。
今回は、この「ペンは剣よりも強し」の格言について触れながらブロガーとして重要な心構えをお伝えしていきたい。
少し気合を入れてメディアを運営してい行きたいって人へ
気合い入れてブログ書いていきたい人には読んで欲しい記事
では、内容に入っていく。
ブログはマスメディアとは違った影響力
ブログとマスコミの違い
ブログを書く人(以下ブロガー)は、ブログを読む人に向かって個人としての意見をを送ることができる。
一方でマスメディア、報道機関など団体運営しているメディアは個人としての意見を書くことは可能であるがそれが報道機関の意志に反することは書けない。(あるいは制限される)
これまで団体運営していたメディアは運営方針に逆らった記事や報道をするとその団体を追われることもあった。
元NHKの堀潤氏などは、最近ので言えばわかりやすい事例と言える。
NHKを追い出されたアナウンサー
彼はNHKのアナウンサーという立場でありながら福島での原発の取材を積極的に行いtwitterを通じてその情報をシェアしていた。
NHKが自主規制していた情報など、団体としてのジャーナリズムの限界を感じた人も多かったのではないだろうか。
この堀潤が優れたことをしていたというわけではなく、本来個人として発信したい情報も報道機関、団体というフィルターを通して発信しなければならないというメディアのあり方を考えさせられた。
逆に団体に守られなければ炎上の火種ともなる
もう一つの事例としては、元フジテレビのアナウンサーである長谷川豊氏の「人工透析」に対する発言だ。人工透析患者に対する記事において過激な言葉を書き並べたため炎上した。ブログ記事だけの炎上だけではなく、その他の仕事にも影響し多くの仕事を失う事になった。(スポンサーが降板するなど)
(※リンクはその記事を掲載した個人ブロガーが寄稿などをするプラットフォームのBLOGOS:http://blogos.com/)
仮に彼が報道機関、団体に所属しているのであればどこかで歯止めが効いて、そんな言葉を書き連ねることはできなかったかもしれない。仮にそんな言葉を報道することが出来た場合、その炎上は彼自信だけではなく組織に向かっても火事は広がっていただろう。(火力が分散されたかもしれない)
維新から出馬するとかしないとか言ってたよね
マスメディアは監視者だったはず
既存のメディアは本来「権力の監視者」としての役割を担っていた部分があった。(過去形)
本来、権力に歯止めをかけることによって民主的な政治などが行われるようにと期待されていたのだ。
しかしながら、実際はこのような機能は働いていなかった。
監視者という立場は権力者によって利用され制限されてきた歴史がある。
(有名所で言えば、アメリカのベトナム戦争、湾岸戦争のナイラ証言、イラク戦争のでっち上げ、ヒトラーのメディア運営、大日本帝国下における大本営発表、東日本大震災による報道制限・自主規制あげればキリがない。)
現在もその役割を十分に果たしているとはいえないだろう。
正力松太郎とか日テレとかの歴史調べると面白いよね。
名もない監視者たち
今ではそのマスメディアが権力の監視者であるということを考えているのは大手のマスメディア自身くらいだ。政府や権力者も対してマスメディアよりも監視者として意識しているのは一般の名もない人たち(ブロガーなど)だろう。
監視者として君臨していたマスメディアを監視さえし始めている。代表的な例が偏向報道が目立ったテレビ局に対してのデモ活動だったり、スポンサー、CMに対する抗議、不買運動が積極的にかつ頻繁に行われるようになっている。
【抗議活動などの例:関連リンク(外部記事)】
- フジテレビ抗議デモに取材に行った方のtweetまとめ - Togetterまとめ
- サザンオールスターズに反省を促す抗議活動のお知らせ : 一介の素浪人
- ルミネの働く女性たちを応援するCMが酷い内容だった - 田舎で底辺暮らし
情報を取りにいける環境
これまでは閉鎖された空間の中(記者クラブ制度など)でしか情報を公開していなかったが現在ではそれも解放される方向にあるためフリーの記者なども積極的に情報を掴みに行ける土壌が出来つつある。(情報を公開しなければ不信感を与える)
・「都民ファースト」は情報公開から 小池百合子都知事が掲げるビジョン | 広報会議デジタル版
いまでは政府、公的機関の情報に一般の人でもアクセスする手段を持つことができる。
名もないブロガーの台頭
これまで、大手報道機関が担っていた役割を、名もないブロガーが代わりに情報をわかり易く噛み砕いて伝えることも可能な時代になっているのだ。それは、組織としてのフィルターを通さずにその人の意見としてだ。
国会の討論にしたいして社是を反映し文句だけを書き連ね、世論を誘導しようとする大手の報道機関とは別の視点でだ。
個人やインフルエンサーを狙った動き
いまや、暴力や実力行使によって意見や行動を変えさせるという手法は時代にそぐわない。よって、政府や権力者は頭を使い別の手でキャンペーンを行うようにしている。
いかにしてキャンペーンとして伝わらないように自然に口コミ、流行が起きるかを試行錯誤していた。(誘導)
それが一時前で言えば、ペニオク事件だ。(ペニーオークション詐欺事件)
ステルスマーケティング(ステマ)が大ブレークした。マエケンのエンブリーも忘れない。
これらのステルスマーケティングの実態が明らかになることで、企業やスポンサーから広告依頼、資金提供のある場合はその旨を記載するような流れができている。
この図を見れば、情報を受け取るだけの人だけが影響をうけているが実際はこのような思惑は上手くいかなかった。
情報を発信する人と、情報を受け取るだけの人には実は境目が難しく、それを明確に分けることができなかったのだ。
よって、ステマと言われる手法は廃れていくことになる。(今も少しはある)
ペニオク出た時なにこれやべーってなって友達に紹介しまくった記憶あるw
【関連リンク(外部記事)】
- ペニーオークション詐欺事件 - Wikipedia
- 堀江貴文さんの「ホリエモンドットコム」で有償広告記事で「広告」未表記(山本一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース
- サイバーエージェント、ペニオクを宣伝する芸能人ブログへの関与を否定 -INTERNET Watch Watch
- 企業広報の17.8%「ステマ提案受けた経験あり」 メディアから内部告発も #広報会議 | AdverTimes(アドタイ)
ブロガーがブログを書く上で大切にすべき5つの心得
以上のことなどを踏まえて、まとめに入っていく。ブログを書く行為ということは、権力や社会に対して監視しているという意味も持つ。
よって、責任ある記事を書くことが大切だ。リスクとして時に炎上も起きてしまうだろう。だが、個人が情報を発信できる時代だからこそ、権力、マスコミ、社会、ブログを監視することがますます重要になったくると私は思う。
ブロガーはこれを守っていこう
- 監視者として責任ある記事を書く
- 自分の意見をハッキリいう
- ステマではなく、キャンペーンなら読者にわかるようにする
- 個人のメディアとしての自覚を持つ
- 監視を続ける(継続する)
私は以上の5点が、個人ブロガーとして最低でも必要な心得えと考える。異論は受け付ける。
剣よりも強くなったペン
確かに現代では、ペンは剣よりも確かに強くなっている。しかし、そのペンが受け手にとって明らかに不利益を被るような事が起きてはならない。(騙す、裏切る、嘘をつく)
ペンはデジタルに変わり、あなたの文章はパソコンやスマホの中で活字としてこれから(黒歴史として)永遠と残っていく。それは、障壁画が古代の情景を伝えるメディアとして今もなお現存しているかのように。
1839年にイギリスの作家エドワード・ブルワー・リットンが「ペンは剣よりも強し」と残した言葉が現在でも使われるように、あなたのブログの文章は世界に残り続けていく。